講師紹介:

  講師は 井村一洲 先生

 

2003年から代々木で、アートグレインという料理教室を主宰。

雑誌の取材に応じて、オリジナルのマクロビオティック料理の紹介。

 

潮流社発行の月刊誌「カレント」に、健康と食に関わるエッセイを10年間連載。

子育て世代の母親を中心に、健康の維持のための食の安全の講演会の講師を担当。

料理教室の他に、腹式呼吸による呼吸法と活舌のトレーニングを約60名の会員に指導中。

 

雑誌掲載記事:月刊誌「カレント」

 

女性の感性が「食」を変える
フレンチ→イタリアン→和食 の陰にあるもの。                             井村一洲

バブル時代はレストランと言えば、フレンチが全盛。毎年今頃はボジョレー・ヌーボーを飲みながら夜を過ごすことが、「イン」(時代即しているの意。ちなみに時代に合わないのはアウトと呼んでいました)でした。 しかしフレンチ・レストランが、バブルの崩壊と共に流行の先端から引き潮にのって消えてゆくと、代わって台頭してきたのが、イタリアン・レストランです。 フレンチ・レストランにありがちな、気取った雰囲気も、重めのソースもなく、カジュアルで、軽いオリーブオイルの料理のイタリアン・レストランは、日本人のバスタ好きも手伝って、またたくまに広まってゆきました。 東京の著名なホテルの魚料理を主体としたフレンチレンストランが、その歴史の幕を閉じて、イタリアン・レストランに衣替えしたのもまだ記憶に新しいところです。
 
しかし、時の流れ、流行の変化の何という速さ。 今、そのイタリアン・レストランに、異変が起こっています。
 
私の親しいイタリアン・レストランのオーナー・シェフの言葉を借りると「イタリアンレストランにとって今一番の脅威は、日本の伝統的なお惣菜的な食事を安く提供する和食の店」だとの事です。 
 
「粗食のすすめ」という本が販売の上位十冊に入るかと思えば、「素食はおいしい」と日常的な和食を見直す本にも人気が高まり、豆腐を中心にアレンジした懐石料理店が株式を店頭上場し、高い株価を維持していることからも、最近の和食の人気振りが伺われます。そして、この友人の言葉を裏付ける様に、その店のすぐ近くで競合していたイタリアンレストランも、最近、閉鎖してしまいました。
 
この様な変化の背景には、イタリアンレストランが、あちこちに乱立したことによる過当競争も一因です。 しかし、これらのフレンチ→イタリアン→和食 といった一連の動きを「流行はうつろい易いもの」と表面的に受け止めるのはなく、この影にある「何か」を探ってみたいと思います。

 
なぜ流行は女性が作るのか。
 
 いつの世も流行の担い手は、常に女性。しかし,このことを、女性は、いつまでも美しくありたいという本性をもっている。だから、この和食ブームの影には、女性のダイエット指向があるのだと考えるのは、あまりにも短絡的だと言わなければなりません。
  
今、女性は、母として女としてさまざまな問題に直面しています。たとえば、現在、生まれた赤ちゃんの三人に一人がアトピーや喘息などのアレルギー疾患をもっていると言われています。 日本のお母さんの母乳に含まれるダイオキシン濃度は牛乳よりも高く、母親の年齢が高いほどの濃度も高くなっているという事実もあります。最近、原因不明で増えている子宮内膜症の女性は、体内のダイオキシン濃度が一般の女性よりも高濃度であったという事実も報道されました。そして、米国では乳ガンの患者数は現在八人に一人といわれるほど増えつづけてきています。   
 
このように、いま私たちの身の回りでは、女性が自分の健康や、それの元となる「食」を意識せざるを得ない事実や発見や警告が次々と現れてきています。そして、この様な環境の中におかれた女性はどんな行動をとったのでしょう。
 
今や万が一 ではなく、三分の一の確率で発症するアトピーの子供を持ってしまった母親は「これは、自分の今までの食生活に原因があったのではないか」と自分自身を攻撃しがちです。 さらにこの母親が職業をもっている場合は、喘息やアトピーを発症するたびに会社を休んででも、母親として全面的に対処せざるを得ません。会社の上司に理解してもらうための努力や 傍観者となってしまっている夫への不満、これらは全てストレスになります。

 

「赤ちゃんを、牛乳や人工乳ではなくて母乳で育てたい」 こう思うお母さんは、近年増えてきました。 しかし今、自分の乳をのませれば、母乳に含まれているダイオキシンの量は、国で決めた「耐用一日摂取量は 四ピコグラム/㎏以下」というレベルを大幅に越えてしまいます。免疫機能強化やスキンシップで有益とされている母乳を与えたくても、ダイオキシンが怖い。まさに子育てをする母親としてはパニックです。その上、それに追い打ちをかける様に、厚生省の国民栄養調査は、日本の肥満人口を、男性、千三百万人、女性、一千万人と推定しました。さらに糖尿病と強く疑われる人は、六百九十万人、糖尿病予備軍とも言える人を加えると、千三百七十万人になるという実態調査も発表されています。
 
肥満も、糖尿病も 食生活が大きくかかわっています。これに、がんや、脳卒中や、心臓病は、生活習慣病と名前を変えられ、その原因も食生活を中心にした生活習慣にあるとまで言われてしまうと、主婦として母として家族の食事を任されている女性は、「食」と真剣に向き合わざるを得ない状況にさらされてしまっていると言えるのではないでしょうか。
 
女性の感性が、危機をキャッチ警告している。
 
このような「食」が大きくかかわる問題に直面した女性たちは、すでに、いろいろな行動をはじめています。毎日の食材に有機農法の作物をとり入れ、食品添加物を厳しくチェックし、合成洗剤の怖さを口コミで広げ、ダイオキシンの元となるプラスチックの使用を制限し、食生活だけでなく、自分たちの生活そのものを見直し始めてきました。それは、単に自分たちの仲間内の問題としてでなく、政府に対して食品安全行政の強化を求める全国キャンペーンをしたり、 食の安全・安心アドバイザー養成講座などの学習会を開催したりしています。

そして、より自然に近いもの、自然に手を加えないものを食材として選び、自然の中に生かされていることを意識する生き方を積極的にしかけています。

 
今年の日本経済新聞の一月一日号の特集では、「人類の生存の為に、二十一世紀に科学技術が解決すべき課題はなにか」との設問に対して、環境問題、 人口・食糧問題、エネルギー問題をあげる研究者が圧倒的に多かったと報じています。これらの問題は、言葉を変えれば地球の経営問題です。そして、地球をどの様に経営するかという問題に対してより的確な答をだせるのは、男性の一人として大変残念なことではあるのですが、子供を生み・育て・そして、生活という人間の最も基本的な仕事を日々着実にこなし、それを肌で感じている女性の感性ではないでしょうか。そして、環境汚染の問題点を広く世に問うた名著の著者、「沈黙の春」のレイチェル・カーソン 「複合汚染」の有吉佐和子 「奪われし未来」のシーア・コルボーン、全て女性であることが、これを雄弁に物語っていると言えます。

  
宮廷での「もてなし」を中心として発展し、それを食べこなすことが、「知」のレベルが高いかの様な錯覚にとらわれてしまっていたフランス料理。その堅苦しさや気取りを壊して、カジュアルな食事の「楽しさ」を認識させたイタリア料理。そして環境汚染の中で、穀物と野菜を中心とした日本の伝統食の「快さ」を持つ和食への回帰。
 
「知」ではなく、かといって「情」に流されるでもなく、自らの体の心地よさを、母として主婦として求めていったら、結果的には食の流行をリードすることとなってしまった。 この女性のしなやかな感性にあらためて敬意を表したいと思います。